交流回路の計算で手が止まる原因の多くは、位相のずれを三角関数のまま扱うことです。大きさと角度を1つの数にまとめた複素数で表すと、交流も直流と同じ足し算・割り算で解けます。この記事では、複素数の表し方から記号法の手順、複素電力までを順に確認します。
複素数と記号法の全体像
- 複素数を使う理由
- 位相のずれを、大きさと角度を持つ1つの数で表せる
- 虚数単位は j(j の2乗 = −1)。電流の記号 i と区別する
- 複素数の表し方と計算
- 直交形式 a + jb と極形式 Z∠θ を行き来する
- 足し引きは直交形式、掛け割りは極形式が楽
- j を掛けると 90° 進む
- j を掛けると 90° 進み、j で割ると 90° 遅れる
- R・L・C と記号法の手順
- 抵抗は R、コイルは jωL、コンデンサは 1÷(jωC)
- 電圧を基準に置き、I = V ÷ Z で電流を出す
- 複素電力
- S = V × I の共役。実部が P、虚部が Q
電験の複素数とは
前の記事では、電圧と電流の位相差 θ から電力を求めました。コイルやコンデンサがあると、電流は電圧からずれます。図1は2つの正弦波をオシロスコープに映した写真で、一方が先に山になり、もう一方が遅れてついていきます。
1黄の波形2水色の波形3つまみ4入力端子- 黄の波形 先に山になる(位相が進む)
- 水色の波形 少し遅れてついてくる
- つまみ 波形の大きさや時間幅を調整する
- 入力端子 2本のケーブルをつなぐ
図1 位相がずれた2つの正弦波。交流の電圧と電流は、このようにずれることがある(写真はイメージ)
このずれを sin(ωt−θ) のような三角関数のまま足したり割ったりするのは、手間がかかります。周波数が一定の交流なら、波形は大きさ(実効値)と位相(角度)の2つで決まります。この2つを1つの数にまとめられるのが複素数で、複素数を使って交流回路を計算する方法を記号法といいます。
複素数 a+jb の a を実部、b を虚部といい、j は2乗すると −1 になる虚数単位です。
j2=−1
数学では虚数単位に i を使いますが、電気では電流の記号 i と区別するため j を使います。複素数を表す文字には、実数と区別するために V˙、I˙、Z˙ のように上にドットを付け、大きさ(絶対値)は V、I、Z と書きます。電圧と電流は実効値で表します。
複素数を使うと、直流のオームの法則と同じ形の V˙=Z˙I˙ で、交流の電圧・電流・インピーダンスを結べます。
複素数の表し方と四則計算
方眼紙に点を打つように、複素数は平面上の点で表せます。図2の方眼紙の横軸を実部、縦軸を虚部と考えた平面が複素平面で、横軸を実軸、縦軸を虚軸といいます。
1方眼紙2定規3鉛筆- 方眼紙 横軸を実部、縦軸を虚部にする
- 定規 原点から点までの長さ(大きさ)を測る
- 鉛筆 点や矢印を描く
図2 方眼紙。マス目に点を打つ要領で、複素数を平面上の点として表す(写真はイメージ)
図3は、複素数 3+j4 を複素平面に描いた図です。点は、右へ 3、上へ 4 の位置にあります。原点から点までの矢印の長さが複素数の大きさ、実軸との角 θ が偏角です。
図3 複素数 3 + j4 は、右へ 3、上へ 4 の点。原点から点までの矢印が大きさと向きを表す
直交形式と極形式
実部と虚部で表す Z˙=a+jb を直交形式、大きさと偏角で表す Z˙=Z∠θ を極形式といいます。同じ数を Zejθ と書く本もあります。直交形式から極形式へは、三平方の定理と逆正接で変換します。
Zθ=a2+b2=tan−1ab
極形式から直交形式へは、
ab=Zcosθ=Zsinθ
です。3+j4 なら、Z=32+42=5、θ=tan−1(4/3)≈53.1∘ なので、5∠53.1∘ です。
図4 実部が負の −3 + j4 の偏角は 126.9°。電卓の tan⁻¹ の値(−53.1°)に 180° を足す
四則計算
足し算・引き算は直交形式、掛け算・割り算は極形式で計算すると楽です。
| 計算 | 楽な形式 | 手順 |
|---|
| 足し算・引き算 | 直交形式 | 実部どうし、虚部どうし |
| 掛け算 | 極形式 | 大きさを掛け、角度を足す |
| 割り算 | 極形式 | 大きさを割り、角度を引く |
A˙=a+jb=A∠θA、B˙=c+jd=B∠θB とすると、
A˙+B˙A˙B˙B˙A˙=(a+c)+j(b+d)=AB∠(θA+θB)=BA∠(θA−θB)
です。直交形式のまま割り算するときは、分母の共役複素数(虚部の符号を逆にした数)を、分子と分母に掛けます。(c+jd)(c−jd)=c2+d2 で、分母が実数になるからです。
3+j41=(3+j4)(3−j4)3−j4=253−j4=0.12−j0.16
A˙ の共役複素数は A˙∗ と書きます。極形式なら、偏角の符号が逆になります。
j を掛けると位相が90°進む
j=0+j1=1∠90∘ です。そのため、複素数に j を掛けると、大きさは変わらず、偏角が 90∘ 増えます。
jA˙=A∠(θ+90∘)
反時計回りに回る向きが「進み」です。j で割ると、1/j=−j=1∠(−90∘) なので、90∘ 遅れます。図5のように、j を4回掛けると 360∘ 回って元に戻ります(j2=−1、j4=1)。
図5 j を掛けるたびに 90° 進む(反時計回り)。4回掛けると元の 1 に戻る
R・L・C のインピーダンスと直列・並列
図6の抵抗・コイル・コンデンサのインピーダンスを複素数で表すと、次のとおりです。
1コイル2電解コンデンサ3フィルムコンデンサ4抵抗- コイル 虚部が正(電流が遅れる)
- 電解コンデンサ 虚部が負(電流が進む)
- フィルムコンデンサ 虚部が負
- 抵抗 実数(位相はずれない)
図6 コイル・コンデンサ・抵抗。複素数で表すと、コイルは虚部が正、コンデンサは虚部が負、抵抗は実数になる(写真はイメージ)
| 素子 | インピーダンス | 複素平面での向き |
|---|
| 抵抗 R | R | 右 |
| コイル L | jωL=jXL | 上 |
| コンデンサ C | jωC1=−jXC | 下 |
XL=ωL=2πfL、XC=1/(ωC) で、単位はどちらも [Ω] です。コイルは V˙=jXLI˙ なので、電圧が電流より 90∘ 進みます。コンデンサは V˙=−jXCI˙ なので、電流が電圧より 90∘ 進みます。図7のように、上向き(j)がコイル、下向き(−j)がコンデンサです。
図7 R は右向き、コイル jXL は上向き、コンデンサ −jXC は下向き。上向き(コイル)は電流が遅れ、下向き(コンデンサ)は電流が進む
直列と並列
直流の直列・並列と同じ形で、インピーダンスを複素数のまま足したり、合成したりします。図8のように、抵抗とコンデンサなど複数の素子を組み合わせた回路でも、考え方は変わりません。
1赤クリップ2抵抗3コンデンサ4ブレッドボード- 赤クリップ 回路に線をつなぐ
- 抵抗 実数のインピーダンス
- コンデンサ 虚部が負のインピーダンス
- ブレッドボード 部品を差し込む板
図8 抵抗とコンデンサを差した実験用のブレッドボード。素子ごとのインピーダンスを複素数で足したり合成したりする(写真はイメージ)
Z˙直列Z˙並列=Z˙1+Z˙2=Z˙1+Z˙2Z˙1Z˙2
RLC 直列なら Z˙=R+j(XL−XC) です。並列の枝が多いときは、Z˙ の逆数 Y˙=1/Z˙(アドミタンス、単位 [S])を足すと楽です。並列では Y˙=Y˙1+Y˙2 になります。
記号法で電流を求める手順
記号法で電流を求める手順は、図9のとおりです。
図9 記号法で電流を求める流れ。電圧を基準に置き、Z を求めて、I=V÷Z で電流を出す
電圧を V˙=V∠0∘ と置くのは、基準を1つ決めないと各量の角度が決まらないからです。ほかの量の偏角は、基準の電圧からのずれを表します。電流 I˙ の偏角が負なら電流は遅れ、正なら進みです。
図10は、RL 直列回路の例です。インピーダンスは Z˙=R+jXL で、偏角 θ=tan−1(XL/R) が電圧と電流の位相差になります。電流は、
I˙=Z˙V˙=ZV∠(−θ)
で、大きさ I=V/Z、偏角 −θ です。電流は電圧より θ 遅れます。
図10 RL 直列では、Z の偏角 θ がそのまま位相差。電流は電圧より θ だけ遅れる
キルヒホッフの法則も、複素数のままで成り立ちます。節点では電流の複素数の和が 0、閉路では電圧の複素数の和が 0 です。
複素電力と有効電力・無効電力
有効電力・無効電力・皮相電力は、複素数1つにまとめられます。電圧を V˙=V∠0∘、電流を I˙=I∠(−θ) とし、電流の共役 I˙∗=I∠θ を使うと、複素電力は、
S˙=V˙I˙∗=VI∠θ=VIcosθ+jVIsinθ
です。実部が有効電力 P [W]、虚部が無効電力 Q [var]、大きさが皮相電力 S [V⋅A] で、図11のように偏角が力率角 θ になります。電圧が基準でないときも、V˙I˙∗ の偏角は電圧と電流の位相差(電圧の偏角から電流の偏角を引いた値)になります。
図11 S=V×I* の偏角は 0° + θ。電流が遅れていると Q は正になる
複素数と記号法の例題
問題で求めるものによって、使う式を選びます。
| 求めるもの | 使う式 |
|---|
| 形式の変換 | 三平方の定理と tan−1 |
| インピーダンス | V˙/I˙、または素子の合成 |
| 電流 | I˙=V˙/Z˙ |
| 電力 | S˙=V˙I˙∗ |
解答と解説を見る
A˙ の大きさは、
A=(−4)2+32=5です。実部が負なので、電卓の値に 180∘ を足します。
θ=tan−1−43+180∘≈−36.9∘+180∘=143.1∘よって A˙=5∠143.1∘ です。
B˙ は、
ab=20cos(−30∘)≈17.3=20sin(−30∘)=−10なので、B˙≈17.3−j10 です。
検算すると、5cos143.1∘≈−4.0、5sin143.1∘≈3.0 で、元の A˙ に戻ります。
解答と解説を見る
Z˙=V˙/I˙ です。分母の共役 4+j2 を、分子と分母に掛けます。
Z˙=4−j2100+j50=(4−j2)(4+j2)(100+j50)(4+j2)分子は 400+j200+j200+j2⋅100=300+j400、分母は 42+22=20 です。
Z˙=20300+j400=15+j20[Ω]極形式では、
Zθ=152+202=25=tan−11520≈53.1∘なので、Z˙=25∠53.1∘[Ω] です。虚部が正なので、15Ω の抵抗と XL=20Ω のコイルの直列と読めます。
検算すると、V˙≈111.8∠26.6∘、I˙≈4.47∠(−26.6∘) なので、大きさは 111.8/4.47=25、偏角は 26.6∘−(−26.6∘)=53.2∘ で、一致します(丸めの差)。
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インピーダンスは、
Z˙=5+j12=13∠67.4∘[Ω]です(Z=52+122=13、θ=tan−1(12/5)≈67.4∘)。V˙=130∠0∘ なので、
I˙=13∠67.4∘130∠0∘=10∠(−67.4∘)[A]です。電流は電圧より 67.4∘ 遅れます。複素電力は、
S˙=V˙I˙∗=130×10∠67.4∘=1300∠67.4∘≈500+j1200なので、P=500[W]、Q=1200[var](遅れ)、S=1300[V⋅A] です。
検算すると、I2R=102×5=500、I2XL=102×12=1200 で、一致します。
解答と解説を見る
各枝の電流は、
I˙RI˙C=20100=5[A]=−j10100=j10[A]です(1/(−j)=j)。全電流は、
I˙=I˙R+I˙C=5+j10≈11.2∠63.4∘[A]で、電流は電圧より 63.4∘ 進みます。合成インピーダンスは、
Z˙=5+j10100=125100(5−j10)=4−j8[Ω]です。虚部が負なので、コンデンサの性質が出ています。
検算すると、アドミタンスは Y˙=201+−j101=0.05+j0.1[S] です。この逆数は 1/Y˙=4−j8 で、一致します。
よくある質問
複素数の電圧は、実効値と最大値のどちらで表しますか。
電験の記号法では、ふつう実効値で表します。最大値で表した値は実効値の 2 倍です。P=VIcosθ や S˙=V˙I˙∗ がそのまま使えるのは、実効値のときです。問題文でどちらか確かめてください。
電流が遅れているとき、偏角は正と負のどちらですか。
電圧を基準にしたとき、遅れている電流の偏角は負です。電流が進んでいれば正になります。インピーダンス Z˙ の偏角は逆で、RL 直列のようにコイルの性質が強ければ正、コンデンサの性質が強ければ負です。
角度は度とラジアンのどちらで書きますか。
この記事では度で書いています。ラジアンでも同じ数を表せるので、問題文の指定に合わせてください。電卓で三角関数を使うときは、角度の単位の設定(DEG か RAD)を確かめます。
複素数なしで、交流回路は解けませんか。
解けます。電圧と電流のフェーザ図を描き、三平方の定理と三角比で解く方法もあります。ただ、直列と並列が混ざった回路や、枝が多い回路では、複素数のほうが手順が決まっていて、計算ミスを減らせます。
思い出してみよう
答えを見る前に、まず自分で思い出してからタップしてください。
虚数単位 j は、2乗すると何になりますか?
j2=−1 になります。
複素数 3+j4 の大きさと偏角は何ですか?
大きさは 32+42=5、偏角は tan−1(4/3)≈53.1∘ です。
極形式で掛け算・割り算をするとき、大きさと角度はどうしますか?
掛け算は大きさを掛けて角度を足し、割り算は大きさを割って角度を引きます。
複素数に j を掛けると、位相はどうなりますか?
90∘ 進みます。j で割ると 90∘ 遅れます。
抵抗、コイル、コンデンサのインピーダンスを、複素数で書くと?
抵抗は R、コイルは jωL=jXL、コンデンサは 1/(jωC)=−jXC です。
複素電力 S˙ の式と、実部・虚部の意味は?
S˙=V˙I˙∗ で、実部が有効電力 P、虚部が無効電力 Q です(遅れ負荷で Q が正)。
まとめ
- 複素数 a+jb は、実部と虚部の直交形式、または大きさと偏角の極形式 Z∠θ で表す。足し引きは直交形式、掛け割りは極形式が楽
- j は 1∠90∘。掛けると 90∘ 進み、割ると 90∘ 遅れる
- インピーダンスは、抵抗が R、コイルが jXL、コンデンサが −jXC。直列は足し、並列は Y˙=1/Z˙ を足す
- 記号法は、電圧を V∠0∘ に置き、I˙=V˙/Z˙ で電流を出す。偏角が負なら電流は遅れ
- 複素電力 S˙=V˙I˙∗ の実部が P [W]、虚部が Q [var]、大きさが S [V⋅A]
複素数で電力を扱う考え方は、有効電力・無効電力・皮相電力の記事で確かめましょう。3つの電圧が 120∘ ずつずれる回路にも、同じ記号法が使えます。続きは三相交流回路で読めます。